大判例

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広島地方裁判所 平成5年(わ)296号 判決

主文

被告人両名をいずれも無期懲役に処する。

被告人Bに対し、未決勾留日数のうち三〇〇日を右刑に算入する。

被告人Aから、押収してある普通預金払戻請求書一通(平成五年押第一一二号の1)及び郵便貯金払戻金受領証三通(同押号の2ないし4)の各偽造部分を没収する。

理由

(被告人ら及び被害者Cの身上経歴)

一  被告人Aの身上経歴

被告人Aは、昭和二八年一月一三日、炭鉱に勤務していた実父及び実母の長男として山口県宇部市で生まれ、両親に養育されて成長し、中学校卒業後、職業訓練所で建築技術を習得し、大工見習い、フォークリフト運転手などとして稼働したが、同四六年八月ころ窃盗で逮捕されたため勤務先を退職し、さらに別会社でフォークリフト運転手として約二年間稼働したものの、以前から熱中していたオートレースの資金として知人から借りた借金の返済に窮し、同四八年一〇月二五日、家族ぐるみで親しくしていて同被告人自身も金を貸してもらうなどしていた隣家の主婦を、包丁で殺害して現金等を奪うという事件を起こし、同四九年四月一〇日山口地方裁判所で、強盗殺人罪により無期懲役刑に処せられ、一四年九か月間服役した後、平成元年七月二〇日に仮出獄を許されて岡山刑務所を出所した。

右仮出獄後、同被告人は、岡山市内の更生保護会で一か月過ごした後、義兄が経営している広島県福山市内の会社に就職して配管工として稼働し、同市内にアパートを借り、同二年四月、前記更生保護会にいたころ知り合った女性と結婚し、同年一一月には長女が誕生したが、間もなくパチンコに熱中するようになり、その資金や長女の出産費用及び生活費等に当てるため、サラ金等から借金を重ね、その総額も五〇〇万円を越える状態に陥った。このため同被告人はアルバイトをしたり、母親に無心したりし、さらに、同三年一一月には、前記義兄の経営する会社が依頼されたものの断った仕事を、義兄に無断で請け負って報酬を得るということもしたが、これが義兄に発覚するなどして解雇されるに至った。同被告人は、引き続き同市内の別会社に配管工として就職したものの、同四年二月ころ、同僚と口論するなどしてこれも退職してしまった。なお、被告人Aは、岡山刑務所で知り合ったDを介して被告人Bと知り合い、右D及び被告人Bを右別会社に紹介して就職させたが、その際、被告人Aは、被告人Bらにアパートを世話してやるなどし、同被告人と気が合って急速に親しくなり、同月終わりころ、被告人Bも同会社を退職した後は、同被告人と行動を共にするようになった。

なお、被告人Aの父は、平成二年一月に死去し、また同被告人は、起訴後、妻と離婚し、長女は妻が引き取っている。

二  被告人Bの身上経歴

被告人Bは、昭和二六年八月一九日、茶栽培業を営む実父及び実母の長男として静岡県藤枝市内で生まれたが、間もなく両親が離婚し、母親が再婚したため、継父と実母に養育された。

同被告人は、高校卒業後、祖父の指導を受けて家業の茶栽培に従事し、同四九年六月に結婚して二子をもうけ、継父、祖父が死亡して後は自らが中心となって家業を営んでいたが、大豆の先物取引を行い、また、残留農薬のため茶の出荷が不能になったことから、約三〇〇〇万円の負債を抱え、その支払いなどのために家産の大半を処分せざるを得なくなり、家出を繰り返してすさんだ生活を送るようになり、同五三年六月に妻と離婚し、子供は妻が引き取っている。

その後、同被告人は、静岡県、愛知県、鹿児島県などを転々として窃盗、詐欺等を繰り返し、通算九年余り服役し、平成三年三月二七日に最終刑の仮出獄を許されて、宮崎刑務所を出所した。同被告人はその後同年七月ころ、山口県防府市内の会社に就職し、配管作業等に従事し、次いで同年一〇月ころ、宮崎市に赴き、同地で前記Dと知り合い、同人とともに広島市に来て土木作業員として稼働するようになったが、右Dが岡山刑務所で親しくしていた被告人Aの紹介で、同四年一月ころから、福山市内のアパートに居住し、右Dとともに被告人Aと同じ会社に勤務し、配管工として稼働するようになった。

被告人Bは、右のように働いてはいたものの、貯えをするでもなく、給料は飲食代等に使い切り、サラ金からも約三〇万円借りていて、金銭的には常時困窮している状態であった。また、同被告人は、被告人Aが、前記会社を退職した後は、同会社に居づらくなり、同年二月末ころ同会社を退職し、その後は、右アパートを出て、ホテルや被告人A方に泊まるなどして、同被告人と行動を共にするようになった。

三  被害者Cの身上経歴

本件強盗殺人の被害者C(以下、単に「被害者」ともいう。)は、明治三八年三月二〇日に出生し、昭和二年に結婚して、五男一女をもうけたが、夫との折り合いが悪く、同二九年一〇月八日に離婚した。

被害者は、その後、子供らとの連絡を絶って広島県福山市等各地を転々とした後、Eと同棲するようになり、同三二年ころからは、三原市大畑町〈番地略〉の家を賃借して同人と同居し、同四二年二月一日同人と結婚した。その後、土木作業員等として稼働していた夫が直腸癌に罹患して入院したため、同五五年五月ころから被害者は生活保護を受けて生活するようになり、同五六年一一月に夫と死別してからは、次男と連絡を取り、数か月おきに、同人が被害者方を訪問するようになったほか、同人に連れられて広島県賀茂郡在住の被害者の実弟と会うこともあったが、ふだんは担当民生委員が訪問する程度で、近隣住民との交際もあまりなく、右被害者方で一人暮らしを続けていた。

被害者は、足に障害があり、買物や通院のための外出の際には杖ないし手押し車を使用することが必要であるものの、日常生活はほぼ自力で行っていた。

(犯行に至る経緯)

前記のとおり、平成四年二月終わりころから、被告人両名は、行動を共にしていたが、二人で一緒に稼働できる就職先を見つけようとしたため、適当な就職先もなく、被告人Bの提案で、茶の訪問販売を始めることにし、同年三月中旬ころ、被告人両名の母親らに無心して仕入れ資金を調達し、被告人Bの母の紹介で静岡県内の農業協同組合から緑茶等を仕入れ、山梨県甲府市で茶の訪問販売を試みるなどしたが、思うように売れず、同月一八日ころ福山市に戻り、同月二二日、三原市在住の被告人Aの姉に、本件被害者を含む近隣約一〇件を紹介してもらった。被告人両名は、このとき、前記被害者方を初めて訪問し、約二〇〇〇円分の茶を買ってもらった。なおその際、被害者から、二四日に病院に行かなければならないこと及び足が悪いので病院への通院が一日がかりになることを聞き、同情した被告人Aは、自動車で送迎する旨約束し、二四日約束どおり病院へ送迎し、被害者のために薬局に薬を取りに行くなどしている。

同月二八日、被告人らは、福山市内の明王台団地で茶の訪問販売をしたが、一向に売れず、茶の販売を始めたことを後悔するようになり、同団地付近の路上にとめた自動車内で他の金策方法を相談した。

その際、被告人Bが、「盗っ人でもするか。」と言い出したところ、被告人Aは、無期懲役刑の仮出獄中の身であり、窃盗で逮捕されても仮出獄が取り消されて長期間の服役を余儀なくされる上、サラ金に対する借金も多額に上ることから、「半端なことせんと、大きいことやらにゃあ意味がないだろう。同じことやるなら、どでかいことを一発やろうや。」などと言い、さらに、被告人Bが、「一人で住んでる年寄りとか、汚い家に住んでいる方が案外現金を持っとるんじゃないか。」と言ったところ、被告人Aが、「ひょっとしたら、Cの婆さんなんか、銭を貯めて持っとるかもしらんのう。」「殺して死体をどこかに隠せば、身寄りもないし、わからんのじゃないか。やるか。」と言い出し、被告人Bは、一度は、「殺さなくても、いいんじゃないの。」と答えてみたものの、再度、被告人Aが、「顔を知ってるから、殺すしかない。」などと言うや、「わかった。」と答えて、被害者を殺害することに同意した。次いで、被告人両名は殺害方法について相談し、紐で首を絞めることにして、三原市内のコンビニエンスストアで荷造り用ビニール紐及び軍手二双を購入し、右ビニール紐一本では、首を絞める際に強度が足りないと考え、被告人Bが、右ビニール紐を八重に束ね、その途中に四か所の結び目を作って長さ一メートル余りの紐を準備し、さらに、カップラーメンを食べる湯をもらうことを被害者方に上がり込む口実とすることにして、カップラーメン二個を用意し、午後七時ころ被害者方を訪れた。

被告人両名は、被害者宅に招じ入れられた後、被害者の隙を見て、被告人Bが同Aに、「ここでやるんか。」と尋ねたところ、被告人Aは、金があることを確かめた上で、被害者の殺害を実行しようと考えて、「もう少し様子を見てみようや。」と答え、仮病を使ってベッドのある奥の部屋に入るなどして、被害者の預貯金通帳の残高を見たところ、残高が少なかったため、さらに、被害者の所持する現金の多寡を調べるために、借金を申し込んで見たところ、被害者がこれに応じて、一万円札一三枚を差し出したため、被告人両名は、これを受け取るとともに、被告人Aは、被害者はほかにもかなりの現金を持っているものと考え、被害者を殺害する決意を固めた。

そして、被告人Aは、同Bに、用意してきたビニール紐を出すよう目で合図を送ったが、被告人Bが、被害者方で殺害すると死体の処分に困ると考えてためらっているうち、被告人Aも被害者を人気のない場所に連れ出して殺害した後、再び被害者方に戻って金品を物色した方が得策だと考えるようになり、被告人Bに対して、「どこかに連れ出すか。」と言ったところ、同被告人もこれに応じ、ここにおいて被告人両名は、被害者を連れ出して殺害した上、被害者方に立ち戻って金品を強奪する旨意思を相通じるところとなった。

そこで、被告人両名は、被害者に対し、こもごも甘言を弄してドライブに誘い、当時被告人Aが使用していた普通乗用自動車の助手席に被害者を乗車させ、被告人Bが後部座席に乗り込み、同Aの運転で午後一〇時ころ、被害者方を出発した。被告人らは、まず福山方面に向かったが、瀬戸大橋ないし高松方面に向かえば人気のない適当な殺害場所があると考え、翌二九日午前一時ころ瀬戸大橋を渡り、途中、与島のパーキングエリアで休憩し、さらに、高松市内の栗林公園に行ったものの適当な場所が見つからず、仮眠や食事を取りながら、高松港付近等を走行した後、瀬戸大橋を再び渡り、岡山県内でも適当な場所を探したものの見つからず、福山市内に戻ったが、同市北方の神辺町方面に適当な場所があるのではないかと考え、同町に向かい北上していたところ、「山野峡」と表示された標識を見て、人目につかない山深い場所があると考え、標識に従って山野峡に向かい、第二櫛ケ端山林道を通って、同日午後二時ころ、福山市山野町大字櫛ケ端山国有林六八林班て小班付近の林道に至った。

同所は、一般車両通行止めの標識から約一・三キロメートル入った場所で、林道西側は、急傾斜の谷になっている。

(犯罪事実)

第一  被告人両名は、共謀の上、前記C(当時八七歳)を殺害して金品を強取しようと企て、同日(平成四年三月二九日)午後二時ころ、前記自動車に同女を乗せて前記林道に至り、同所において、植木を取りに行く等と称して同女を下車させ、被告人Bが同女を右林道西側の道端に連れて行き、しゃがみ込んでいる同女の背後から、被告人Aが、付近で拾った石でやにわにその後頭部を一回強打して、同女をうつぶせに転倒、失神させ、その頚部に、被告人Bから受け取った前記ビニール紐(白色、ポリエチレン製、長さ約一メートル四センチメートル。平成五年押第一一二号の5)を巻き付け、被告人両名が、その両端をそれぞれ持って数分間力いっぱい引き合って同女の頚部を緊縛して同女を窒息死させ、右殺害現場を離れる際、同所付近を走行中の前記自動車内において、同女の手提げバッグ内から、同女所有の現金三〇〇〇円、同女名義のせとうち銀行株式会社三原支店発行の普通預金通帳、郵政省発行の郵便貯金通帳各一通及び印鑑二個を強取し、さらに、同日午後九時ころ、前記同女方内において金品を物色したものの、これを発見するに至らず、

第二  被告人Aは、前記強取に係る普通預金通帳、郵便貯金通帳及び印鑑を使用して、預貯金の払戻等名下に金員を騙取しようと企て、

一  同年四月九日午前一〇時ころ、福山市沖野上町二丁目六番二八号所在のせとうち銀行株式会社福山南支店において、行使の目的をもって、ほしいままに、同支店備付けの普通預金総合口座払戻請求書用紙の店番欄に「11」、口座番号欄に「229610」、おなまえ欄に「C」、お払戻し金額欄に「¥57000」と、ボールペンで各冒書した上、同女名下に前記印鑑を冒捺し、もって、C作成名義の金額五万七〇〇〇円の普通預金払戻請求書一通(平成五年押第一一二号の1)を偽造した上、同支店係員小山加津美に対し、右偽造に係る普通預金払戻請求書をあたかも真正に成立したもののように装って、前記普通預金通帳とともに提出して行使し、自己が右Cの代理人であって右払戻を受ける正当な権限があるかのように装って右金員の払戻を請求し、右小山をしてその旨誤信させ、よって、そのころ、同所において、同人から、預金払戻名下に現金五万七〇〇〇円の交付を受けて、これを騙取し、

二  同日午後二時四六分ころ、同市新涯町一丁目一五番一一号所在の福山新涯郵便局において、行使の目的をもって、ほしいままに、同郵便局備付けの郵便貯金払戻金受領証用紙のおところ欄に「三原市大畑町〈番地略〉」、おなまえ欄に「C」、払戻金額欄に「¥49000」と、ボールペンで各冒書した上、受領印欄に前記印鑑を冒捺し、もって、C作成名義の郵便貯金払戻金受領証一通(平成五年押第一一二号の2)を偽造した上、同郵便局係員久保有佳里に対し、右偽造に係る郵便貯金払戻金受領証をあたかも真正に成立したもののように装って、前記郵便貯金通帳とともに提出して行使し、自己が右Cの代理人であって右払戻を受ける正当な権限があるかのように装って右金員の払戻を請求し、右久保をしてその旨誤信させ、よって、そのころ、同所において、同人から、同郵便局係員真鍋佐和子を介して、貯金払戻名下に現金四万九〇〇〇円の交付を受けて、これを騙取し、

三  Fと共謀の上、同月二七日午前一〇時四〇分ころ、同市東桜町三番四号所在の福山郵便局において、右Fにおいて、行使の目的をもって、ほしいままに、同郵便局備付けの定額・定期貯金用郵便貯金払戻金受領証用紙二通の各おところ欄に「723 広島県三原市大畑町〈番地略〉」、各おなまえ欄に「C」と、ボールペンで各冒書した上、同女名下に前記印鑑を各冒捺し、もって、C作成名義の定額貯金用郵便貯金払戻金受領証二通(平成五年押第一一二号の3及び4)を各偽造した上、同郵便局係員藤井俊次に対し、右偽造に係る定額貯金用郵便貯金払戻金受領証二通をあたかも真正に成立したもののように装って、前記郵便貯金通帳とともに一括提出して行使し、自己が右Cの代理人であって同人名義の定額貯金を解約して解約金を受領する正当な権限があるかのように装って右定額貯金の解約を請求し、右藤井をしてその旨誤信させ、よって、そのころ、同所において、同人から、同郵便局係員寺岡一成を介して、定額貯金解約名下に現金二〇万九七九一円の交付を受けて、これを騙取したものである。

(証拠)〈省略〉

(争点に対する判断)

一  被告人両名の弁護人らは、いずれも、本件強盗殺人の被害者の死因が窒息死であることを争い、被告人らには、いずれも、強盗殺人未遂罪が成立するに過ぎない旨主張し、さらに、被告人Aの弁護人は、被告人らが被害者を殺害した後、被害者方を物色した行為については別罪として窃盗未遂とはなりえても、強盗殺人には包括されないとして、右物色行為が強盗殺人罪の実行行為であることを争うので、以下補足して説明する。

二  被害者の死因について

1  被告人Aの弁護人は、本件全証拠によっても、本件被害者の死因は明らかでない旨主張し、被告人Bの弁護人は、同被告人の供述に基づき、被害者は、被告人らに首を絞められて失神した後、いったん蘇生したものであって、被害者の死因は窒息死ではない旨主張して、いずれも被害者の死因を争うのである。

2  そこで検討するに、関係証拠によれば、なるほど被害者の遺体は、犯行の一年余の後に発見されたため、既に白骨化しており、遺体そのものから、その死因を窒息死と断定することはできないものである。

しかしながら、まず、被告人らの殺害状況を見ると、前示認定のとおり、被告人らは被害者の後頭部を石で強打して失神させた後、うつぶせの状態でその頚部にビニール紐を巻きつけて、二人がかりで数分間、力いっぱい引き合っており、前掲証拠によれば、その結果ビニール紐が一部千切れてしまったことが認められるのである。

そして、被害者の遺体を鑑定した医師である証人宮崎哲次の尋問調書によると、うつぶせの状態で紐を首に巻きつけて絞めた場合、気管及び頚動脈が閉まり、通常は四分から六分程度で窒息死するが、高齢であればその時間はより短くなること、及び、紐で首を絞める場合、気管が閉塞するには通常約二〇キログラムの力を要することが認められるところ、右のような被告人らの殺害行為は、その態様からして、被害者を窒息死させるに十分なものというべきであるほか、前掲証拠によれば、被害者の首を絞めた後、被告人Aは、被害者の死体をあおむけにして、被告人Bとともに谷底目掛けて投げたが、すぐ近くに落ちてしまったため、斜面を降り、両手でその背中あたりを持ってさらに谷の方に転がし落としたのであるが、その間、被害者は、体を動かしたり、声を出すなど、生存している兆候を何ら示さなかったことが認められるのであって、右のような殺害状況等、さらには、本件においては窒息死以外の原因で被害者が死亡した可能性を窺わせる事情を示す証拠がないことなどをも考え併せると、本件においては、被害者の死因が被告人らに首を絞められたことによる窒息死であることは合理的な疑いを容れる余地がない程度に立証されているということができる。

なお、被害者の首を絞める際の被害者の体勢について、被告人Aは、前記認定のとおりうつぶせのままであったと供述するのに対し、被告人Bは、あおむけにした旨供述するのであるが、被害者の首にビニール紐を巻き付けたのは被告人Aであり、また、同被告人は、被害者の首を絞めていた際に、被害者の首の後方に三角形をしたビニール紐の隙間ができていたことを記憶していると供述していて、その供述内容が具体的であることや、さらに、同被告人は被害者の首を絞める際、付近に営林署の建物が見えたためその職員等に目撃されることを強く恐れ、迅速に事を運ぼうとした旨供述しているところ、関係証拠によれば本件犯行現場から営林署の建物が望見できることが認められ、右供述は信用するに足りるものであり、そうだとすると、被害者を石で殴打してうつぶせに転倒、失神させた後、被害者をあおむけにするという行為などせずに、そのままの状態で首を絞めることが自然であることなどからすると、うつぶせのまま被害者の首を絞めた旨の被告人Aの供述は十分信用するに足りるものである。

これに反し、被告人Bは、被害者の首を絞めていた際に、被害者の顔が白くなっていったことを記憶している旨供述し、それを主たる根拠に、被害者は、その際あおむけであったと思う旨供述するのであるが、被害者がうつぶせの状態で首を絞めていても、その顔が同被告人に見えることも十分あり得ることやこの点に関する被告人Aの前記供述にも照らすと、被告人Bの右供述は信用することができない。

3  次に、被告人Bは、絞頚後の状況につき、被告人Aが、谷の下の方に被害者の身体を降ろして行ったが、暫くして、下のほうから被害者の「ワァーッ」という悲鳴が聞こえ、さらに、被告人Aの「どこにあるんか」などという声と被害者の「こらえて」という声が聞こえた後、戻って来た被告人Aが、「一番下まで引っ張っていった。かなり下だから全然見つからないと思う。婆さんが『お金を全部やるから助けてくれ。まだ他にもあるから。』というので、『どこにあるんか。』と尋ねると、どこに置いてあるか言わなかった。」などと言い、右のこめかみと顎を指して「ここんとこを、五、六発殴ってきた。とんがった木があったからそれで刺そうと思ったが、婆さんがそれをしっかり握っていたから刺せなかった。年寄りだから多分あれで死ぬんじゃないか。」と述べたと当公判廷において供述するのであるが、右供述は、前記被告人Aの供述と大きく食い違うほか、その内容において、被告人Aが、被害者が蘇生したにもかかわらず、その死亡を何ら確認せずに放置したとする点や、八七歳と高齢で足が悪いなど体力的に劣る被害者が、後頭部を石で強打されて失神し、さらに、被告人らに首を絞められた直後であるにもかかわらず、壮年で体力的に圧倒的に優る被告人Aとの間で木の取り合いをして、同被告人がこれを取り上げることができなかったとする点など、極めて不自然、不合理であること、及び、被告人Bの公判供述によれば、同被告人は、本件犯行後、たびたび事件に関係する悪夢にうなされたことがあり、右供述と同内容の夢のほか、被害者が血だらけで谷から這い上がってくる夢や、前記認定のように、被害者の声が聞こえる等のことなく、ただ被告人Aが戻って来る、という夢も見たことがあるというのであって、そのような点を照らし合わせると、被告人Bの前記供述は、同被告人が、夢に見たことを現実と取り違えているものと考えるほかない。

三  被害者方における物色行為について

被告人Aの弁護人は、被告人らが被害者を殺害した行為と被告人らがその後被害者方を物色した行為との間には、時間にして約七時間、距離にして数十キロメートルの離隔があることを強調して、右物色行為はもはや一個の強盗殺人罪に包括して評価することはできない旨主張するところ、関係証拠によれば、本件殺害行為と物色行為との間には右弁護人指摘のとおりの時間的場所的離隔があったことが認められるけれども、他方で、被告人らは、前記認定のとおり、当初から被害者を殺害した後、自宅内の金品をも奪う旨意思を相通じた上で本件犯行に及んだのであり、また、右のような時間的離隔が生じたのは、関係証拠によれば、被告人らが、そのまま被害者方に侵入したのでは、時間的に近隣の住民に目撃されるおそれがあると考え、被害者方に侵入する際壊す予定の南京錠の代替品を購入するなどした上、暗くなるのを待って、被害者方に侵入したことによるものであることが認められ、右事実関係から認められる被告人らの犯意の継続性、時間的場所的離隔の程度等に照らすと、本件被害者を殺害した行為と被害者方を物色した行為とは同一の犯意に基づく一連の行為であって、一個の強盗殺人罪として包括して評価するのが相当である。

(法令の適用)

罰条

被告人両名についていずれも、

第一につき、刑法六〇条、二四〇条後段

被告人Aについて、

第二の各行為のうち、

各有印私文書偽造の点につき、いずれも、刑法一五九条一項

各偽造有印私文書行使の点につき、いずれも、刑法一六一条一項、一五九条一項

各詐欺の点につき、いずれも、刑法二四六条一項

第二の三につき、さらに刑法六〇条

科刑上一罪の処理

被告人Aについて、

第二の各行為につき、それぞれ、刑法五四条一項後段、一〇条(いずれも、最も重い各詐欺罪の刑で処断。ただし、短期は各偽造有印私文書行使罪のそれによる。)

刑種の選択

第一の罪につき、被告人両名についていずれも無期懲役刑

併合罪の処理

被告人Aにつき、刑法四五条前段、四六条二項(第一の罪の無期懲役刑のみで処断)

未決勾留日数の算入

被告人Bにつき、刑法二一条

没収

被告人Aにつき、刑法四六条二項ただし書、一九条一項一号、二項本文(いずれも各偽造有印私文書行使罪の組成物件で何人の所有をも許さないもの)

訴訟費用の不負担

被告人両名につき、いずれも刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(量刑理由)

一  本件は、サラ金への返済や生活費、遊興費に窮した被告人両名が、一人暮らしの老女である被害者に狙いを付け、同女を殺害して金品を強取し、更に被告人Aが、被害者から強取した預貯金通帳を利用して預貯金を引き出したという事案であるところ、犯行の罪質、態様ともいずれも凶悪で、その動機に酌量の余地はなく、結果も悲惨なものであって、被告人両名の刑責が非常に重大であることは、いうまでもないところである。

すなわち、まず本件犯行の動機を見ると、被告人Aがサラ金に対して多額の債務を負うに至った原因は、同被告人がその身勝手ともいえる理由によって雇傭先を解雇され、あるいは退職し、その後の無計画な生活態度をとったこと、及びパチンコに熱中したことにあるといえ、また被告人Bが生活資金等に窮した原因も被告人A同様の無計画な生活態度によるのであって、その点で同情する余地に乏しく、ましてや、そのようなサラ金への返済金等を得るために本件のような凶悪な犯罪を敢行しようとしたその動機については全く酌量の余地はなく、また、絞殺に用いるためのビニール紐等を用意した上で被害者方に赴き、被害者に対して金員の貸与を申し出て、現金所持の有無を確認した上、被害者を誘い出して殺害するなど、犯行に至る経緯も計画的かつ悪質であり、犯行態様も、足が悪く、高齢の女性である被害者の後頭部をいきなり石塊で強打して失神させ、ビニール紐を頚部に巻き付け二人がかりでこれを引き合って殺害し、被害者の遺体が発見されないように、被告人Aにおいて崖下に引きずり下ろし、何の反省もなく、更に当初の予定どおり被害者宅に押し入って金品を物色するという、冷酷なものであり、被害者の遺体は、人知れぬ山中でその後一年余、野ざらしとなっていたもので、その結果も悲惨というほかない。

もちろん、被害者には何の落ち度もなく、被害者は被告人らに好意的であったのに、それが徒となり、被害者が被告人らに金員を貸与したことが犯行のきっかけとなるなど、被害者としては、無念の極みであったと思われる。

なお、前述のとおりの被害者の身上によって、同女と行き来していた近親は、その次男と実弟のみであるけれども、次男は被告人両名を死刑にしてほしい旨述べ、実弟は死刑か無期懲役にしてほしいと述べている。

二  以上の情状を前提に、まず、被告人Aの量刑について検討するに、そのような本件犯行の罪質、動機、結果等に加え、同被告人は、被害者方から強取した預貯金通帳を用い、第三者をも利用して、これを引き下ろしているのみならず、本件強盗殺人を犯したことにおののいて自首しようとする被告人Bを押し止めてもいるのであって、その犯行後の情状もはなはだ悪いというほかない。

のみならず、被告人Aは、かつて本件類似の強盗殺人を犯し、無期懲役に処せられた者であり、その仮出獄期間中に、またしても本件強盗殺人を犯したことにかんがみれば、同被告人の刑責が非常に重大であることは論を待たず、そのような被告人を死刑に処することを求める検察官の求刑意見も、理解し得ないものではない。

しかしながら、死刑は、最も厳しい科刑であって、あらゆる面からみて、被告人に対するに、他の科刑をもってしては不十分であり、死刑を選択するほかないという場合にのみ科せられるべきものである。

そこで、そのような観点から、被告人Aについて斟酌すべき情状を見てみるに、本件強盗殺人は先に述べたように計画的というべきではあるが、被害者の状況を窺いつつ逐次犯行を決断し、犯行場所も場当たり的に探すなど、その計画性は低いといえ、また、同被告人の犯行後の情状は先に述べたように悪質ではあるが、同被告人は、前記預貯金の引き下ろしを端緒として私文書偽造等の容疑で逮捕されるや、速やかに本件強盗殺人についても罪責を認めて犯行を自供し、自ら犯行現場に捜査官を案内し、これによって被害者の遺体が発見されており、被害者の遺体が発見された際には、悔悟して涙を流し、その後は一貫して自己の罪責の重大さを真剣に自覚し、極刑に処せられることを覚悟し、本件弁論終結時にも、死をもって罪をあがなうとの態度を示しているところである。

また、同被告人の前刑の服役態度は極めてまじめであり、これがために、比較的早期の仮出獄が許されたのであり、仮出獄後も、当初は、健全な社会生活を営もうと努力したものといえ、さらに、当裁判所が期日外に実施した同被告人の実母の証人尋問調書を読み聞かせた際には、涙して実母の証言内容に聞き入るなどの点からすると、同被告人に改善更生の余地がないとまではいい切れず、かつ同被告人にはなお一片の人間性が残っていることを看取できるところである。

そして、被告人Aの量刑を考える上で、大きな意味を持つのは、同被告人が前刑無期懲役の仮出獄中に再度本件を敢行したことにあることはいうまでもなく、当裁判所も無期懲役に処せられた者でその仮出獄期間中に強盗殺人を犯した事例を検討したところ、過去一〇年内に確定した事例で、被告人A同様無期懲役刑の仮出獄期間中に強盗殺人を犯した者はすべて死刑に処せられているけれども、それらの事例を検討してみると、いずれも犯情において極めて悪質であり、まことに天人ともに許さざるものと認めるしかないものであり、それらの事例に比べれば、被告人Aの情状は、殺害の手段方法の執拗性、残虐性、あるいは前歴等の点において、悪質さが低いといえるものであった。

そのような点において、そして、ことに被告人Aになお人間性の片鱗を窺うことができるという点において、当裁判所としては、同被告人に対し、極刑をもって臨むことに一抹の躊躇を覚えるものである。

そこで、そのような同被告人に対する量刑について更に検討するに、同被告人に対する量刑としては、死刑と無期懲役刑のいずれかしかないのであるが、死刑と無期懲役刑の間には、無限の隔たりがあるのであって、その中間的な処遇があって然るべきものといえ、そのような科刑として、仮出獄を許さない無期懲役刑という制度が考えられないではない。

もちろん、わが国にはそのような制度はないわけであるが、そのような観点をも考慮に入れ、当裁判所は、同被告人に対し、再度無期懲役刑を科した場合、どの程度現実に服役しなければならないかについて検討した。

すなわち、同被告人は、本件犯行時、前刑である無期懲役刑の仮出獄中であったが、本件犯行によって右仮出獄が取り消され、昨年六月以来、前刑たる無期懲役刑が再び執行されている状態にある。その仮出獄ももちろん可能であり、この場合には法律上最低限度の服役期間というものはないけれども、同被告人の場合には、仮出獄の他の要件を備えるに至ったとしても、仮出獄が取り消されるに至った経緯や社会感情等を考えると、その再度の服役期間は最低一〇年以上を要するものというべきである。

そして、そのようにして前刑の無期懲役刑の仮出獄の要件が整った後、更に本件無期懲役刑の執行が始まるわけであり、同被告人が本件無期懲役刑についても仮出獄の要件を充たすためには、更に法律上一〇年が必要であるが、本件犯情等を考慮に入れると、やはり、仮出獄に必要な他の要件を備えるに至ったとしても、最低二〇年程度の服役を要するものというべきである。

そうすると、同被告人に再度無期懲役刑を科した場合、同被告人は、最低でも三〇年程度服役することが必定である。

当裁判所は、前記のような理由によって被告人Aを極刑に処するのに一抹の躊躇を感じるのであるが、同被告人に対して再度無期懲役刑を科することによって、最低限でもそれだけの長期間の服役を余儀なくさせることが可能であれば、これは、同被告人の刑責を明らかにし、十分な贖罪をさせるという刑政の本旨にかんがみても、過不足ないと思料するに至ったものである。

なお、以上のような量刑は、本件犯罪に対する量刑要素として前刑の執行状況を考慮することになるものであるが、前刑仮出獄の取消しも本件犯行の一結果ということができるから、これを本件量刑の一要素として考慮することに問題はないというべきである。

また、以上に述べた被告人Aの服役期間は、この判決の効果として直ちに定まるものではなく、仮出獄をいつ許すかの判断は、更生保護委員会の権限に属する事柄ではあるけれども、現実の無期懲役刑の執行状況からみて前述のようにいえるとともに、この判決で示した考え方は、無期懲役刑を言い渡した裁判所の見解として、十分尊重されると考えられるので、当裁判所は、そのことを前提として、以上の量刑判断をしたものである。

三  次に、被告人Bに対する量刑であるが、本件一般的犯情は既に述べたとおりであるほか、同被告人には六件の懲役前科があり、ことに盗犯に対する常習性がみられることなどにもかんがみると、同被告人の刑責も誠に重大である。

他方、前示のとおり、本件犯行をそもそも言い出したのは被告人Aであり、被告人Bの性格、前歴等に照らすと、被告人Aと行動を共にしていなければ、被告人Bが本件のような重大な罪を犯すことはなかったであろうと考えられ、また、被告人Bは本件犯行後、罪の意識にさいなまれ、前述のような悪夢に悩まされて自首しようとした経緯もあり、更に同被告人も逮捕後は素直に罪を認めて反省悔悟し、現在も毎日被害者の冥福を祈っているなど、酌むべき情状もある。

しかしながら、被告人Aが本件犯行を言い出したとはいえ、被告人Bもこれにさしたる抵抗なく応じ、自らビニール紐に結び目を作るなどしてその強度を増すべく細工していることや、被害者に声をかけ、犯行現場の道端に誘って被告人Aが被害者を石で強打する機会を作り、被告人Aと共に被害者の頚部に右ビニール紐を巻き付けて互いに力いっぱい引き合うなど、被告人Bが本件強盗殺人の犯行に果たした役割は被告人Aと同等であるというべきであり、その他、本件強盗殺人の動機、態様、結果等にも照らすと、前述のような被告人Bにとって有利な事情をもってしても、未だ、同被告人につき、無期懲役刑を酌量減軽するのを相当とする情状があるとまではいえない。

なお、被告人両名をいずれも無期懲役に処することについては、両被告人の間の刑の均衡を失するのではないかとの意見が考えられないではないが、前述のとおり、被告人Aが本件科刑として無期懲役刑を言い渡された場合に要する最低限度の服役期間は、被告人Bのそれとは相当に異なるものといえ、そのことを考えれば、両被告人の量刑の間に不均衡はないというべきである。(求刑 被告人Aにつき死刑及び本件偽造にかかる偽造文書の偽造部分の没収、同Bにつき無期懲役)

(裁判長裁判官 小西秀宣 裁判官 齋藤正人 裁判官 柳本つとむ)

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